【犬編】第1回:栄養素|ペットの食事学

はじめに

この講座では、「犬の栄養学の基礎知識」を紹介します。「【1】栄養素、【2】エネルギー、【3】各時期に必要な栄養、【4】食源病、【5】各種疾患と食事」の全5回シリーズです。

犬の三大栄養素は、蛋白質、脂肪、炭水化物です。これにビタミン、ミネラルを加えると五大栄養素、さらに水を加えると六大栄養素となります。犬に必要な栄養素は人間とまったく同じですが、その比率が人間とは異なります。人間は草食性の強い雑食であり、犬は肉食性の強い雑食です。根本的に食を体内に取り込むメカニズムが違っているのです。犬の栄養について基本的な知識を得ておくことは、愛犬を健康に過ごさせるために大切なことです。
ここで紹介する基礎知識が、動物のご家族の皆様の一助になれば幸いです。
※このシリーズでは「犬の食餌」ではなく「犬の食事」と表記しています。

蛋白質

何のために必要なの?

毛、皮膚、爪、筋肉、腱、靭帯、軟骨などを作るアミノ酸を供給するのが蛋白質です。ホルモンや免疫物質生成の材料にもなります。多くのドッグフードには動物性と植物性の二種類の蛋白質が入っています。動物性蛋白質にはすべての必須アミノ酸が含まれていますが※1、穀類の蛋白質は一部のアミノ酸※2の含有量が少ないようです。

※1:各必須アミノ酸含有量は原料に依存しています
※2:特にリジン、メチオニン、ロイシン、トリプトファン


アミノ酸は22種類あり、動物の生命活動にはこれらすべてのアミノ酸が必要になるのですが、犬では12種類(非必須アミノ酸)は体内で作り出すことができます。残りの10種類(必須アミノ酸)は食事から摂取するしかありません。
食事中の蛋白質の役割は大きく分けて二つです。必須アミノ酸を供給することと、非必須アミノ酸を体内合成するための窒素源を供給することです。

不足するとどうなるの?

蛋白質が不足した場合、発育遅延・体重減少・生体機能の低下を招きます。被毛の発育も悪くなります。低品質のドッグフードを使用したり、炭水化物の多い食事(相対的に蛋白質不足)を与えたりした場合に起こることがあります。

摂り過ぎるとどうなるの?

蛋白質を過剰に摂取した場合、余剰の蛋白質(アミノ酸)はエネルギーに利用されます。エネルギーも十分な場合は脂肪などに転換されて体内に蓄積されます。
蛋白質から分離されたアンモニアは、肝臓で尿素あるいは窒素性廃棄物に転換され、腎臓から尿として排泄されます。
しかし、窒素性廃棄物があまりにも多いと処理できず体内に蓄積してしまいます。過剰な蛋白質摂取は腎臓に負担をかけ、ついには腎臓の劣化、腎不全を招いてしまうのです。

付録:生物価の話

蛋白質の品質を考えるときに、生物価という"ものさし"を使うことがあります。
「生物価=体内に留保できる蛋白質量/消化吸収できる蛋白質量」です。生物価の高い蛋白質は犬の体内で利用されやすいことになります。蛋白質要求量が100gの場合、生物価100であればそのまま100gを与えればよいことになります。
しかし、生物価80だと125g、生物価50だと200gが必要になります。一般的に動物性蛋白質の生物価は高く、植物性蛋白質のそれは低い傾向があります。生物価の低い原材料を使ったドッグフードでは蛋白質含量を高くしなければなりません。

脂肪

何のために必要なの?

脂肪は三大栄養素の中でグラム当りの熱量が最も高く、熱源となります。脂肪の摂取は体温維持に役立ちます。その他、(1)脂溶性ビタミン(A、D、E、K)の吸収を助ける、(2)必須脂肪酸を供給する、(3)食物の嗜好性を高めるなどが脂肪の役割です。また、臓器の保護、細胞膜の形成、ホルモン生成の材料になったりします。皮膚や被毛を美しく保つためにも脂肪が必要です。

必須脂肪酸はリノール酸(オメガ6)です。これは植物油の中に含まれる主要な脂肪酸です。リノール酸含有量の多い植物油としてベニバナ油(リノール酸含有率:73%)、トウモロコシ油(リノール酸含有率:55%)があります。動物脂肪のリノール酸含有率は、鶏と豚の脂肪で15~25%、牛の脂肪、魚油、バターでは5%未満です。リノレン酸(オメガ3)も重要な脂肪酸ですが、犬はリノール酸をリノレン酸に転換することができます。

必須脂肪酸であるからといってたくさん取ることが良いことではありません。例えば、人間ではオメガ6の摂取過多が取りざたされます。血栓症(心筋梗塞、脳梗塞など)、アレルギー疾患、行動異常などが多くなる傾向があるようです。
量もさることながら、実はバランスが大切です。オメガ6とオメガ3が5~10:1の割合が最も良いバランスとされています。

不足するとどうなるの?

必須脂肪酸が不足すると、繁殖機能が抑制されます、被毛の光沢が喪失し、フケ症の原因となります。さらに進むと皮膚炎になってしまいます。妊娠中に欠乏すると、新生子の異常や死亡が起こります。
必須脂肪酸不足は、低脂肪のドライフードを与えられている犬、高温・高湿度で長期間保管されたドライフードを与えられている犬に多いといわれています。保存期間中に脂肪が酸化したためと考えられます。このためフードには脂肪の酸化防止のための添加物が用いられています。

摂り過ぎるとどうなるの?

必要以上に高脂肪食を与えると、急性膵臓炎発症の危険性が高まります。
膵臓からは脂肪の消化のためにリパーゼという脂肪分解酵素が分泌されるのですが、摂取する脂肪量があまりに多いとそれを消化しようとたくさんのリパーゼを分泌し余計な負担がかかるのです。市販フードの脂肪含有量は、成犬で5%以上、発育期、妊娠期、授乳期で8%以上とされています。16%を超える高脂肪食は通常必要ありません。ただし、労働犬では必要になるようです。

炭水化物

何のために必要なの?

炭水化物は即効性のエネルギー源です。不足するとエネルギー不足で疲れやすくなります。過剰だと肥満を招き、さまざまな疾病につながります。
炭水化物は、蛋白質や脂肪より、安価なエネルギー源です。安くエネルギー補給ができ、同時に満腹感を得ることができます(量を増やすことができるため)。しかし、パンや米を食べないと犬は生きていけないのかといえば、そうではありません。泌乳中の母犬を除けば、犬にとって炭水化物は必須の食べ物ではありません。しかし、ドッグフードの中には炭水化物も入っています。蛋白質を有効活用するために炭水化物をエネルギー源として補給しているのです。
犬が生活するためのエネルギーを炭水化物で補い、蛋白質はもっぱらアミノ酸必要量を満たすために利用されることになります。

付録(1):犬に牛乳はなぜよくないの?

一般的に「犬に牛乳はよくない」といいます。なぜでしょう。実は牛乳の中の糖(乳糖)が問題なのです。人間は乳糖の分解酵素(ラクターゼ)を持っています。ところが、牛乳を飲むと腹痛・下痢を起こす人もいます。これを乳糖不耐症といいます。ラクターゼが生まれつき欠乏していたり、胃腸炎で分泌が悪くなったりした場合に発症します。

犬は正常でもラクターゼの分泌が極めて少ない動物です。哺乳中の子犬のラクターゼ活性は比較的高いのですが、成犬ではその活性は極めて低くなります。個体差はありますが、犬はもともと乳糖不耐性の傾向を持っていると理解しなければなりません。それでも、小腸の内面で乳糖は分解され、一部は吸収されます。しかし、あまりに大量に牛乳を飲んだり、腸炎などがあったりすると、乳糖は十分に分解できず小腸に停滞し、乳糖を利用する腸内の細菌が異常に増殖します。その結果が下痢なのです。なお、乳糖を含まない「犬用牛乳」、「犬用アイスクリーム」などもあります。

付録(2):肥満対策フード

炭水化物には多糖類(デンプン、セルロースなど)、二糖類(ショ糖、乳糖など)、単糖(グルコース、フルクトースなど)があります。単糖は消化分解する必要がなく、そのまま体内に吸収されます。他の糖類は吸収のための消化分解が必要です。多糖類、ニ糖類は消化分解されて単糖となり、そして体内に吸収されます。

多糖類であるセルロースは消化が悪く「不溶性炭水化物」ともいわれます。いわゆる繊維質です。草食動物では消化管内の微生物の働きによってセルロースを分解できますが、犬では消化できません。大部分が糞便中に排泄され、エネルギー源としての価値がありません。

セルロースの消化の悪さを逆手にとって、セルロースを使った肥満対策フードを作ることができます。カロリーが低いのに満腹感は得られるので、ダイエットに向いています。ただし、栄養不足にならないよう注意する必要があります。

ビタミン

何のために必要なの?

ビタミンはエネルギー源として利用されることはありません。体調を整えるのが役割です。体内で合成できませんので、食べ物から得る必要があります。

ビタミンにはどんなものがあるの?

犬に必要なビタミンは14種類とされています。

水溶性ビタミン:ビタミンB1、B2、B6、B12、パントテン酸、ナイアシン、葉酸、ビオチン、コリン、ビタミンC
脂溶性ビタミン:ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK


米国飼料検査官協会(AAFCO:Association of American Feed Control Officials)の栄養基準にはビタミンCとKの必要量は記載されていません。ビタミンCは犬の体内でブドウ糖から合成されますし、ビタミンKは腸内細菌がほぼ十分量を合成しているとされているからです。

主なビタミン 役割
A 視覚の維持
B群 代謝の調整、正常な生育
D カルシウムとリンの吸収・利用の調整(骨のビタミン)

どうやって摂ったらいいの?

通常のドッグフードには最少要求量を超える水準までビタミンが強化されていますので、ビタミンをさらに添加する必要はありません。ドッグフードが普及した昨今はビタミン欠乏症が見られることもなくなりました。
しかし、心配なのが過剰症です。水溶性ビタミンは、それが過剰な場合は体外へ排泄されますが、脂溶性ビタミンは体内に蓄積されます。特に脂溶性ビタミンの過剰摂取には注意が必要です。脂溶性ビタミンが過剰摂取されると体内に蓄積され中毒や副作用を生じることがあるのです。
愛犬に相応しいフードを知るには動物病院に相談するのがよいでしょう。

  1. ビタミンA過剰:食欲不振、体重減少、知覚過敏
  2. ビタミンD過剰:食欲不振、体重減少、嘔吐、疲労、下痢、石灰化、歯や顎の変形
  3. ビタミンEおよびK過剰:詳細は不明ですが、なんらかの弊害があるといわれています。

ミネラル

何のために必要なの?

ミネラルも体調を整えるのが役割です。必要量は極めて微量ですが、なくてはならない栄養素です。犬で必要なミネラルは11~12種です。ただし、ミネラルの過剰摂取は害があるものが多いことを忘れてはなりません。ミネラルはバランスが重要です。

ミネラルにはどんなものがあるの?

ミネラルは、1日当りの給与量により、二つに分類されます。g単位の量が必要な主要ミネラル(ナトリウム、カリウム、カルシウム、リン、マグネシウム)とmg(またはμg)単位の量が必要な微量ミネラルです。微量ミネラルは、重要性がよく分かっている微量ミネラル(鉄、亜鉛、銅、ヨウ素、セレンなど)と十分に理解できていない微量ミネラル(コバルト、モリブデンなど)に分けられます。

主要ミネラルは何をしてくれるの?

主要ミネラルは、体液バランスの調整、細胞の一般機能、神経伝達、筋収縮、そして体の構成(骨)などで重要な役割を果たします。微量ミネラルの大部分は金属結合酵素の成分として必要ですし、鉄はヘモグロビン(赤血球)およびミオグロビン(筋肉)、ヨードは甲状腺ホルモンの必須成分です。

主要ミネラルで特に重要なのはカルシウムリンです。カルシウムとリンは栄養学的に見ても密接に関連しています。いずれも骨・歯の構成成分です。当然ながら、欠乏、あるいは過剰で、骨・歯に関わる病気が誘発されます。肉類の多い食事はリンが多くカルシウムが少ないことが特徴です。カルシウム不足で骨のミネラル減少を招きます。逆にカルシウムが多すぎると骨軟骨症になったり、骨再生が不十分になったりします。特に大型犬種では深刻な問題となるようです。
カルシウムおよびリンが過剰な場合、結果としてマグネシウム不足となり、子犬では元気がなくなったり、筋肉の衰弱が見られたりということもあります。

水分

何のために必要なの?

水は体液平衡をつかさどる重要な成分です。新鮮な水をいつでも飲めるようにしておくのが家族の務めです。健康な犬が一日に必要な水の量(mL/日)は、一日に必要なエネルギー量(Kcal/日)とほぼ等しいといわれています。一般的に体重1kg当たり約130mL(体重5kgで650mL、体重10kgで1.3L 、体重20kgで2.6L)です。人間に適した水は犬にも適しています。ただし、水質検査をしていない井戸水などは要注意です。

摂取量が多くなることもあります。それは、食塩・電解質の摂取量増加、運動・気温による体温調節活動の増加、発熱、授乳、下痢、出血、多尿による体液喪失の増加などが原因です。

不足するとどうなるの?

水分不足での脱水は、消化器系、呼吸器系、泌尿器系に致命的な打撃を与えることがあります。動物は体内の総水分の10%が失われると危篤状態となり、15%が失われると死に至るとされています。
夏場にちょっとした油断から熱中症による脱水症状で天国に旅立つ犬がいることを忘れないでください。

参考表

各栄養素の主な役割と代謝可能な熱量