2017.01.10

奈良の鹿

イメージ

イメージ

以来、奈良にいる鹿は神鹿として大切に保護されてきた。と言っても、飼育しているわけではなくみな野生。本来、警戒心が強いため夜行性の鹿が、昼間から人間と同じように信号待ちをし、道を行き交い、自動販売機で飲み物を購入する人の後ろで鹿も待機している。そして道行く人に「おせんべいを下さい」とお辞儀をする。神鹿といえども、生きている限りお腹はすくし、餌をもらうために人に近づき、お辞儀をしているのだ。一体いつから、鹿たちはここでお辞儀をするようになったのだろう。

イメージ

春日大社特別参拝の受付で購入した「春日の森の昔ばなし」という絵本によると、平安期は参詣道で鹿に出会うことは吉祥とされ、最初に出会った鹿には頭を下げる習わしがあったようだ。また「右大臣であった藤原兼実という人は、奈良へ来て、参道で鹿に出合った時、わざわざ牛車から降りて、鹿に頭をさげておがみました」とあり、今日、せんべいをねだって鹿がお辞儀をするのは、この人間がおじぎをしたのを見習ったのかもしれないとも書いてある。それが真実だとすると、1000年以上も前から少しずつ、神鹿であるがゆえ身に付いた驚きの習慣だ。

「本当に白い鹿がいたのですよ」

乗車したタクシードライバーの男性が、ご自身で撮影した一枚の写真を私に授けて下さった。そこに写っていたのは美しい白鹿。病弱だったため隔離されていたそうだが、2005年、鹿が9歳の時、狭い世界に閉じ込めていてもかわいそうだと外に出したところ、たったの3か月で亡くなってしまったという。死因はストレス。大勢の観光客に囲まれ、カメラを向けられたことなどがストレスとなったのではないかといわれている。

イメージ

たしかに、奈良公園で鹿にカメラを向けない観光客はいない、といっても過言ではないほど、今やだれもが携帯電話やカメラを持っている。野生の鹿がありえないほど近くにいて、鹿はやっぱり可愛く、こんな場所は他には無いものだから、ついつい写したくなってしまう。

日本全国、畑を荒らす害獣として、農業関係者から目の敵にされる鹿。全国で被害が深刻化しており、耕作放棄に至る事例もあるほど。駆除の対象でしかない鹿だが、奈良の鹿だけは別格だ。

地元の人に「数が増えている鹿を駆除しているのですか?」と聞くと、奈良の鹿は「増えてもいないし、減ってもいない」ましてや「神鹿を駆除だなんてとんでもない」と言う。

「でもね、自動車事故で亡くなってる鹿も多いから、鹿は増えていないですよ」
と、タクシードライバーは冗談のように言っていたが、あながち嘘でもないようだ。鹿の亡骸はきちんと春日大社の鹿苑にひきとってもらい、お弔いをすると聞いた。

一夫多妻制の鹿。雌は環境が良ければ体力のある限り子どもを産み続けるという。増えることが自然の姿なら、減ることのほうが不自然なはず。

イメージ

奈良公園で鹿に夢中になっていると、いつのまにか鹿の糞を踏んづけていた。鹿の糞はあえて掃除されていないそうだ。なぜなら、糞虫が鹿の糞をお掃除してくれるから。
日本に150種類いると言われている糞虫の内50種類もの糞虫が奈良公園に生息しているという。糞虫は、糞の栄養を分解し、その菌類が土の栄養分となり、芝の肥やしとなっている。自然の状態ではなかなか伸びない芝が、奈良公園では鹿のおかげで芝が成長している。ハエが糞に卵を産み付けても、糞虫が食べてくれるからハエの発生も防いでくれる。「芝公園の芝を全部刈ろうとしたら、人件費、機械代、年間5億はかかりますよ。それを一切やっていません。鹿たちが芝を刈ってくれているんです」と先ほどのタクシードライバー。見事な人間と鹿と自然の共生。

160万坪の奈良公園、世界から見たら小さくとも、世界に二つとないこの小さき世界に私はとても惹かれる。大和は神話の宝庫だと言われるが、宝庫ではなく、いにしえの大和が孤島のように生きているところだった。

このページのトップへ