2016.03.08

トト-オズの魔法使い

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犬を飼うきっかけは、祖母だった。

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「誕生日に犬をもらったのだけれど、私には育てる自信がないのよ。視力も衰えてきたし、小さな仔犬を踏んづけてしまいそうで怖い。」と、祖母は、私たちに電話をかけてきた。

その昔、祖母は、コッカー・スパニエル、スコティッシュ・テリア、ヨークシャー・テリアなど犬を何十匹も飼い、犬の品評会でも優勝していたほどなのに、晩年少し弱気になってしまった。

そして、28年前の春、私が7歳のとき、我が家に新しい家族がやってきた。綿菓子のように丸くてふわふわした、小さな茶色い雌のポメラニアンだった。「名前はトトにしよう。」父による命名。満場一致でトトに決まった。

トト

私が生まれて初めて手にした文庫本を開くと、最初のページに手書きで父からのメッセージが残されている。

“パパが三佳にプレゼントします。パパの大好きな本です。早く三佳が読めるようになる日を楽しみにしてます。パパの39回目の誕生日の記念に。”

日付は1984年。どういうわけか父は父自身の誕生日に、「オズの魔法使い」の文庫本を4歳の私に贈ったのだ。今は茶色く変色した本を読み返してみると、小学生になった私が懸命に読んでみようと試みた形跡が残っている。

健気にも、私は殆どの漢字にふり仮名を書き込んでいる。“木々(きぎ)や灌木(かんぼく)の、青々(あおあお)とした土手(どて)の間(ま)には、小川(おがわ)がきらめきながら・・・”

その後、幼稚園と高校で二度「オズの魔法使い」にご縁があった。幼稚園の学芸会で、私は主役のドロシー役をつとめ、高校の英語劇部ではブリキ男を演じた。学芸会の前日に母がセットした巻き髪のヘアスタイルで、ドロシーの愛犬トトの代用である茶色い犬のぬいぐるみを抱え、赤いスカート、銀色の靴を履いて舞台に登場した。登場するなり、大きな声が会場に響き渡った。

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「よっ!!三佳ちゃん、日本一!!」

声の主は、父だった。私の両親は、良いお芝居やコンサートを見た後、観客席で真っ先に立ち上がり、「ブラボー!」と惜し気もなく拍手を送る人たちだったから、この時の父の声援に、子供心にも「きたか」と覚悟はしていたが、台詞を言おうとしていた私の頭の中は真っ白になり、顔から火が吹き出しそうになりながらも、なんとか持ちこたえ、勇気が欲しいと願う弱虫なライオンに威勢よく台詞を発した。

「ト、、トトにかみついたら、承知しないわよ!あんたみたいに大きなけものが、ちっちゃなワンちゃんにかみつくなんて、、はずかしいと思いなさい!」

あのときの父の掛け声は、私を驚かせたのと同時に、幼い私に思いもかけない力を与えていたように今は思う。人見知りで引っ込み思案な私と、人を愉しませ、場を盛り上げることが得意な両親。私たちは正反対の親子だった。

ドロシーは、最後にこう唱えながら、銀色の靴のかかとを3回鳴らす。

「おうちほどいいところはないわ…おうちほどいいところはないわ…おうちほどいいところはないわ…」

話が逸れてしまったが、それから何年か経って、春風と共に本物のトトがやってくるとは、想像もしていなかった。それまでペットショップで仔犬を見る度、犬を飼うことを夢みていたから本当に嬉しくてしかたがなかった。

つんとした鼻が特徴的なポメラニアンであるはずが、トトは人間でいえば団子鼻、きつね顔ではなく丸いたぬき顔、美人の部類には入らないけれど愛嬌がある。もしかしたらチャウチャウの血も混ざっているのでは?丸顔も、食いしん坊なところも、犬見知りなところも、私に似ている!と思った。

かわいそうなトト

生まれて数ヶ月の小さなトトが家の中を歩き回る度、私より2歳下の弟はトトに怯え、スリッパを履いて逃げまわり、椅子の上に飛び乗っては「来るなよ!」と威嚇。まるで、オズの魔法使いのライオンのようだった。「なんだ、お前、戌年のくせに」と、父は呆れていた。

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ある朝、私の腕からトトが落下した。「キャイーン!」という鳴き声に弟は驚いて椅子を引き、トトの細い足が椅子に轢かれ、骨が砕けてしまった。大慌てで獣医に行くも、トトの小さな足に合うギプスは無く、獣医さんは体温計のケースでギプスを作ってくれた。

カタカタカタカタとギプスの音が床に響き、家の中でトトがどこに居るのかすぐに分かった。
ギプスも外せるようになると、次は火傷。

食いしん坊だったトトは、夕飯の支度をする母の足元でいつも「何か貰えるのではないか」と待機していた。ある晩、ブロッコリーのゆで汁がトトに飛んでしまい、再び「キャイーン!」と悲鳴をあげたトト。幸いにも、お湯は眉間に飛び、目を避けてくれたので失明は免れたが、十円玉のように丸く禿げてしまったトトの眉間。その丸い禿げは、その後、終生トトの個性となってしまったのだった。

坂本家の災難を一身に受けていたのではないかと思う程、災難つづきのかわいそうなトトだった。

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トトは犬と人間の子供が嫌いだった。自分を人間だと思っていたのだろうか。本当に犬見知りの犬だった。自分より何倍も体の大きい大型犬に喧嘩を売っていた。その為、大物に立ち向かって逆にガブリ!とうこともあったほどだ。近所の子ども達がトトを抱こうとすると、一目散に私のもとに駆け寄ってきた。そういう時のトトは非常に可愛く、頼られた私はなんとかトトを守ろうとし、妹のように思えたものだ。

一方で、子どもは嫌いなくせに、スーパーで買い物をしているときに外で待たせていると、大人には尻尾を振って愛嬌をふりまくのだった。これでは、誰にでも付いて行ってしまう。心配でトトだけを待たせることはできなかった。

「今日はお散歩は誰が行くの!?」料理の支度をしながら母はいつも私たちに呼びかけた。勉強なんてろくにしないくせに、呼ばれた時だけ「宿題あるから!」とトトの散歩の当番から逃げていた私と弟。しかし、学校で少し厭なことがあったり、悩み事があると、私は積極的にトトと散歩に出掛けていたように思う。

犬は人の喜怒哀楽が分かる。散歩中に私が転ぶと、私の泣き顔を心配そうな顔で見ていたし、褒めれば、ちぎれんばかりに尻尾をふって寄ってきた。誰もいない公園で、落ち葉まみれになって自由に駆け回るトトを見ているのが私は何より好きだった。

トトの行方

「愛情のランク付けをするんですって」

ある日、母は変な検証をした。トトが誰のもとに真っ先に駆けてくるか試そうというのだ。家族が横一列になってトトを待ち構えた。「トトちゃん!」「トトちゃん!」と皆が一斉に呼ぶと、トトは右往左往して迷いに迷い、結局は母のもとへ駆けて行った。誰よりもトトの世話をしていたのは母だったから、母の愛情が最上だったのだろう。母に叱られると尻尾を下げ、本当に悲しい目をしていたものだ。

ある日、八ヶ岳へ旅行へ行くため、トトは祖母と留守番をすることに。旅行から戻ると、玄関はトトのうんちで散らかり放題。エサはろくに食べていなかった。散歩に出掛けると、トトの様子がおかしくなっていた。柱に何度も頭をぶつけるようになったのだ。ノイローゼになっていた。「何か心配かけるようなことをしましたか?」と獣医さん。

最近、家族で旅行に行っていたことを母が告げると、「出掛ける前にきちんとその旨を伝えなければいけませんよ。” 旅行に行くからね 。いい子にお留守番していてね” と、アイコンタクトをとって言い聞かせるんですよ。」

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トトを預かっていた祖母はこんなことも言っていた。「まあ、珍しいことがあるものよ。いつもは私の部屋なんて来ないのに、一晩中、部屋の扉をひっかく音がするのだから。よほど寂しかったのね。」

それ以来、トトに留守番はさせなかった。私たちはどこへ行くにも一緒だった。

ある冬の寒い夜、トトが行方不明になった。

近所の公園、毎日の散歩のルート、家の中もくまなく探した。「トトー!トトー!どこなの?トトー!トトー!」坂本家の声が近所中に響き渡った。

車に轢かれてしまったかもしれない、尻尾を振って誰かについて行ってしまったかもしれない、猫にいじめられたのかもしれない!箱入り娘は、きっと自力で帰って来られないだろう。よからぬ想像を膨らませながら、私は泣きはらして自室に戻った。その時何故かふとベッドの下を覗いてみたくなり、懐中電灯でベッドの下を照らしてみた。すると、奥のほうでじっと私を見つめるトトと目が合った。「トトちゃん!」私が大きな声で呼びかけても、身動き一つせず、ワンと鳴くでもなく、私をじっと見つめていた。

「どうしてそんなところに隠れているの。」「トトがいた!トトがいたよ!」私は家族に知らせた。そっとして欲しかったのだろうか。独りの時間が欲しかったのか。尻尾を振って出てくるわけでもなく、なんだかいつものトトと違うように感じ、少し寂しかったのと同時に、生きていてくれてよかった!と安心した。坂本家のお騒がせ大捜索はこれにて一件落着となった。

トトの冬

10年という月日が流れると、トトは階段も登れなくなっていた。
秋のお彼岸の中日。早朝、私は弟の悲痛な呼び声で目が覚めた。

「みかちゃん!みかちゃん!トトが死んじゃったよ!トトちゃんが死んじゃったよ!!」

私はベッドから飛び起き、階下に駆け降りた。母がトトを抱え真っ赤に目を腫らし号泣していた。黒々としたつぶらな瞳はそのままで、ベロが出たまま、トトの体のまわりに尿が漏れていた。体はまだ温かかった。つい、さっき、こときれたのだろう。階段を上れないはずのトトが、階段に手をかけて亡くなっていたというのだ。二階で眠っていた私たちに深夜会いに来ようとしたのだろうか。

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それから数分後、近所のスピッツ犬がトトに会いに来た。「坂本さんの家の前でしきりに鳴くもので、ちょっと立ち寄らせてもらいました。あああ、トトちゃん亡くなってしまったのですね…。どうりで、うちのこが鳴きながらロープを引っ張るものだから…。」スピッツは、飼い主に抱かれながら、動かないトトのそばでクーンと鳴いてお別れをしていた。

私は、次の日も、その次の日も、学校には行かなかった。登校するつもりで駅まで行くのに、涙が止まらない…。日が暮れるまで駅で泣いていた。泣いてもどうにもならないのに、死は約束されているはずなのに、トトとの別れは想像以上の寂しさだったのだ。享年11歳。

エチオピアで出逢ったラクダの民が、「ラクダは私たちの家族」と言っていたように、まさしく、トトも坂本家の一員となっていった。そうして築かれた家族の絆は最強のものとなる。かつて、学芸会で私が腕に抱えていたような、単なるペットのトトではない。生きとし生けるものには「心」がある。

人と動物の絆を「心」という部分で切り取って見たとき、人と動物の間に垣根は無くなる。

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十円玉の禿げも、歩く度にカタカタ鳴っていた体温計のギプスの音も、行方不明の大騒動も、いびきも、おならも、寝言も、トトの存在そのものが、坂本家に明かりを灯してくれていたのである。

トトを亡くして以来、私は一度もペットを飼っていない。ペットショップで檻の中の犬猫を見ても、世界中で、よそ様の犬猫を見ても、飼いたいとは思わなくなってしまった。

最愛の家族との別れはもう二度と繰り返したくない・・・という思いからだろうか。再び犬を飼うとしたら、きっと、浮気をしたような気分になるのだろうか・・・。

かつての父が、舞台上の私にエールを送ったように、いまだに私の夢に現れるトトに向かって、私もエールを送りたい。

「よっ、トトちゃん、世界一!」

トトと2013年に亡くなった父、坂本俊一郎に捧ぐ。

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