2015.11.10

マウイ島

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海を抱く腕

マウイ・・・
空が低く、風がやわらか、太陽がとても近い。花々が美しく、女性的な島。島の形状も女性のトルソー。

カウポからピイラニハイウェイを沿うように上方に丸く延びている胸のふくらみ、マアラエアが喉、オロワルが鼻、ラハイナからカアナパリが額、一番てっぺんの頭頂部に位置するのがカパルアだろう。カパルア・・・ハワイ語で“海を抱く腕”・・・

人々の楽園 カパルア・カアナパリ

マウイのてっぺんにある海に突き出た三日月型の美しいビーチ、その”腕”がやわらかな弧を描き、海を抱いている。2つの岩礁に守られたカパルアビーチは外海の影響を受けず、とても穏やかだ。遊泳やシュノーケリングを心ゆくまで楽しむことができ、幸運であればウミガメも遊びに来る。

少し下ってカアナパリには総延長5kmもの真っ白な砂浜が続いている。この砂浜に、ホテルやリゾートが建並び、美しい海岸線を眺めながら楽園でのスローなゴルフ。

このエリアは1990年代から開発が始まり、リッツカールトン、ウェスティン、シェラトン、ハイアットリージェンシーといった有名なホテルが進出していった。その開発はめざましく、ハワイ経済は観光業を中心に伸び、9.11以降アメリカ本土からの移住者も増えているそうだ。

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太平洋の真ん中で、素朴なハワイの島にはちょっと似合わないほどの大型ショッピングモールにブランドものがずらりと並び、買い物をする人で溢れ、自動車に乗れば「東京のほうがまだマシ」と思うほど渋滞に見舞われる。アメリカ本土からの観光客のみならず、70年代には日本の企業はハワイに次々と進出し、投資。観光の発展、建設ラッシュ、このような近代化は自然を破壊している・・・そんな声も聞こえる。私ももしかするとハワイの自然にダメージを与えている一人かもしれないが。どこからも遠いこの島を人々はなぜこれほど愛するのか・・・それは、ここが楽園だから。

ハワイの観光は「リピーター」に支えられているという。わたし自身、初めてハワイを訪れた頃には、まさか自分がリピーターになるとは思っていなかった。ショッピングやシュノーケリングだけでは再訪は願わなかったであろう。では、わたしは一体ハワイの何に会いに来ているのか。それは、マウイをはじめ、この島が抱えている犯しがたい聖域、豊かな自然・・・そういう清らかなもの、島の優しさに身を任せてしまいたいとの思いの故。

マウイの腕に抱かれた海には、毎年多くのザトウクジラが出産と子育てのためにやってくる世界でも珍しい場所だ。美しいビーチには珍しい魚たちも現れる。海に住む生き物たちにとってもここは楽園であるはずなのだ・・・

クジラの町ラハイナ

カアナパリから少し下った場所にラハイナという町がある。19世紀のはじめハワイ王国の首都だったラハイナには、1800年代中頃、多いときで帆船400隻、船員1500人が休養のため、停泊したという。一体、何の目的でこれほどの船が押しよせていたのか・・・それは、捕鯨。カアナパリビーチのホエラーズ博物館では、当時の一般水夫の目を通して港町ラハイナの様子がこのように語られている。
「肉、ポテト、果物、ベーカリー、宿屋・・・ラハイナの町のメインストリートにはククイツリーの並木が涼しげな木陰をつくり、新鮮な野菜、果物が豊富、捕鯨船にとって最高の場所だった。何と言っても水がうまい。身も心もリフレッシュして 陸に上がった。船の出入りが楽だから、水先案内人も要らないよ。」

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捕鯨船の補給や、船乗りの休息のための寄港地として最適だったラハイナ港が船員たちで賑わっていた様子が、捕鯨の苦労と共に語られる。ハワイは、捕鯨船や船乗りたちにとっても楽園だった。

鯨一頭から、約800ガロンの油が獲れていたのに対し、一頭のマッコウ鯨からは上質な油が約2,000ガロンも獲れ、鯨油は大きな樽に詰められ、蝋燭や灯油の材料に。鯨のヒゲは女性のコルセットやロープになり、マッコウ鯨の腸の分泌物は香料や特効薬になった。鯨がいかに重宝されていたか、館内の貴重な資料や展示物から知ることができる。

17,8世紀、イギリスやオランダで盛んだった捕鯨は、1700年初めにアメリカでも始まり、アメリカの捕鯨は、大西洋で鯨をとり尽くしてしまう。すると、チリやペルーにも出漁し、1800年代には日本近海にも現れたマッコウ鯨を求めて沢山の捕鯨船が押しよせた。水や食料を補給する寄港地として、当時鎖国をしていた日本にも開国を迫ったのがあのペリー率いる黒船。

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捕鯨が急速に減少した理由は、1859年にペンシルヴァニアで油田が発見されたことが大きなきっかけと考えられているが、どの時代も、どんな場所でも、人間はつくづく欲深い生き物だなあと思う。積丹のニシンのように、大きな鯨までも乱獲した。

かつて船員たちで賑わったラハイナの海岸沿いには100年ほど前の古い木造建築が続き、フロントストリートは観光客で賑わっている。これら古い町並みはこれからも大切に保存されるようで、私は少し安心する。めまぐるしく開発が進む中、いつ来ても変わらない場所があってほしいと思うのはわたしの勝手な願いだが・・・。照りつける太陽と町の喧噪を避けるように入ったホエラーズ博物館の涼しい館内、わたしの他には米国人の観光客が2~3人。衰退した捕鯨の歴史を静かに見学していた。

マウイイルカやハワイアンモンクシール、ザトウクジラの母子にも会ってみたい。近づくことは許されないけれど、もし、彼らが近づいてきてくれたら、その時は「お邪魔しています」と静かに挨拶しよう。

太陽が住む ハレアカラ

車で海沿いのラハイナから内陸部、ハレアカラ火山の中腹の町クラへ。ラハイナは、ハワイ語で「灼熱の太陽」。ハレアカラは、ハワイ語で「太陽の家」。マウイは、ハワイ諸島の中でも唯一伝説の神マウイの名前が付けられた島。

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昔々、太陽は今よりもっと速く東から西へ移動し、夜がとても長かったそうな。半神半人マウイの母ヒナは、昼が短くてタパを乾かすのに何日もかかってしまった。マウイは、母の仕事を助けようと、ハレアカラ山頂で太陽の16本の足の1本に縄をくくりつけ、太陽に「もっとゆっくり動くよう」約束させ、昼を長くしたという。

この島で太陽を近くに感じるのは、マウイのおかげかしら。そう思うほど、太陽が近い。ハレアカラ山麓には、ヨーロッパの田園地帯をおもわせる牧歌的な風景が広がっている。サトウキビ畑や、パイナップル畑を抜ける道中、日本の温泉街のような町並みに、どことなく懐かしさも感じる。

HALEAKALA HYWと表示されたつづら折りの細い山道を登り続けるも、GPSの音声案内は「目的地まであと3kmです」と教えてくれていたかと思ったら、次は「目的地まであと30km」とコロコロ変わる。道があるようで無いのか・・・、結局、アナログな方法に切り替え、自転車でヒルクライムする地元の親切なお兄さんに道を尋ねると、なんだ、もうすぐそばまで辿り着いていた。カーブを曲がるとクラの農場が華やかなお化けカボチャで飾られている。ハレアカラ中腹のこの場所からは、さき程まで居た海沿いの碧い太平洋が眼下に広がり、島を一望できる見事なパノラマビューが広がっていた!

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農場の入り口では、今朝収穫したばかりだという新鮮な野菜や果物がずらり。真っ赤なトマト、マウイ産ゴールデンパイナップル、ドラゴンフルーツ、スイカやきゅうり、アボカドやアスパラガス、Okinawan Sweet Potatoやタロイモ、レタスなどの高原野菜まで。そしてSweet Onion!クラは、ハワイの食材を、地元の農産物を育んでいる場所。

マウイ産の玉ねぎは甘くて生でも食べられると好評で、中でも「クラの玉ねぎは最高に甘いのよ!」と売店のおかあさんも私に勧める。火山性の栄養豊富な土壌で育くまれたマウイ島の野菜や果物は、太陽の恵みをたっぷりと浴びてとても美味しい。

この島で、約30種類ものラベンダーが咲いていたのも意外だった。一見ラベンダーに見えない植物にも鼻をクンクンさせると、ラベンダーの良い香り!大きなアジサイやマウイ特有の植物、そして美しいプロテアの花も咲き、ガーデン内の散策に心が弾む。

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アメリカ本土の500分の1ほどしかないハワイ州なのに、アメリカ全土で絶滅の危機に瀕している動植物の約半数がハワイにあり、外来種はハワイ諸島に2万種以上。
マウイ島でよく見かけるプロテアも、プルメリアもラベンダーもジンジャーも外国から持ち込まれた物。何千種類もあるハイビスカスは、白い花びらに赤い花芯のものがハワイ原産のハイビスカス。

ハワイの島々には、その島を象徴する色や花があり、マウイ島を象徴する色はピンク、花はロケラニ。ロケラニとは、ハワイ語で「天国のバラ」。ハワイの言葉を知る度に、その美しい響きに感動する。ロケラニは淡いピンク色の小さなバラで、この花も欧米人が持ち込んだもの。

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マウイ島のハレアカラ火山とヒマラヤにしか咲かないヒナヒナ(銀剣草)という植物は、50年ほども生きるそうだが、一度花を咲かせて種を残したら枯れてしまう不思議な植物で、一時は絶滅しかけたハワイの貴重な固有種である。
動けない植物たちが環境に適応し根を張ったその地で生き抜いていくのは容易なことではないはず。太平洋のど真ん中で、この地でしか会うことの出来ない動植物たちに出逢えることも、楽園の大きな魅力なのだと思う。

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私が初めてハワイを訪れた約30年前、空港では美しい女性たちが、まだ幼い私の首に真っ赤なハイビスカスのレイを飾ってくれたことを思い出す。
今回マウイ島で、「レイ」がもつ言葉の意味を知り、わたしはまた感動している。

レイには「子ども」という意味があるそうだ。
子どもを肩車したときに、胸の前にたれる子どもの足がレイのように見えるから「レイ」なのだと教えられた。レイ・・・子ども、愛しい物、愛しい人、絆、つながり・・・

島々はこんなに美しい言葉で溢れている・・・
私はこの島のあたたかさに再び包まれたくなってしまう・・・
・・・それが、ハワイの宝物。

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