2015.08.11

ムーミン

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「きみ、カバちゃん?」、
「ちがうよ、ぼくムーミンだよ!」

昨年12月、私がフィンランドに旅立つと決まるや否や、広告のキャッチフレーズのような問答が繰り返された。「ムーミンは、カバでしょ?」「ちがうよ、ムーミンはムーミンでしょ!」確かに、カバでもない、人間でもない、ムーミンの正体は作者のトーベ・ヤンソン氏が生み出したえたいが知れない架空の生き物だ。

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ムーミンの生まれ故郷、北欧フィンランドには、おさびし山やムーミン谷のような険しく切り立った山々や森と湖が広がる。そのどこかに妖精たちが住み、ムーミントロールたちも住んでいる・・・

「フィンランド」は、フィンランド語で「Suomi(スオミ)」と発音する。「Suo」はどうやら湖沼という意味だとフィンランド人が教えてくれた。フィンランドには18万個以上もの湖が点在しているという。その土地のうち約70%が森林に囲まれているのだから、まさに森と湖の国。

フィンランドは、島の多い南と、北のラップランドは北極圏にまで広がり、その国の形は、ムーミンに似ている。冬の時期、北極圏に接しているフィンランドには「極夜」という現象が起こる。「白夜」というのはノルウェー訪問時に体験していたが、「極夜」という現象には全く馴染みがなかった。

白夜が太陽が沈まず夜中でも明るいのに対し、極夜は太陽が長いこと沈んでしまう。太陽が早く沈むと、いったいどんな世界が待っているのだろう。未知の世界だ。

その世界を実感したのは「朝」だった。朝、部屋に光をもたらしてくれる太陽がいないのだ・・・ひとり真夜中に起床してしまったのかと錯覚する。

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翌朝も、その翌朝も、真っ暗な朝になかなか慣れることはなかった。ようやく午前9時過ぎに薄らと街に光がさしたかと思うと、午後3時には太陽は舞台裏への帰り支度を始めてしまい、勤務時間はとても短い。午後4時には星一つ見当たらない、お月様すら姿を見せない。世界は想像以上に暗くて、寒くて、長い、漆黒の闇に包まれる。

冬のフィンランドで太陽が沈むときは、なんともいえない切なさがある。「もう帰ってしまうの?」と、親しい友人とお別れするような名残惜しさ。太陽が実はどんなに有り難い存在だったか、ここに来て初めて痛感した。

滞在中のある朝、窓の外に目を向けると、暗闇の中を真っ白な雪が舞っていた。暗く閉じこめられたような空間に、一筋の楽しさが舞い降りたような・・・恵みの太陽ならぬ、恵みの雪!と、目の前の銀世界にひとり子どものようにはしゃいでいた。

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こんなに暗く、長く、寒い中に、もしたった一人で居たら、孤独の極地だ。雪についた誰かの足跡だけで心が安らいでしまう。吹雪や積もってしまうと面倒くさい存在の雪だが、その雪が私の心をどんなに弾ませてくれたことか。青空が雪を薄いブルーに染め、透き通るような朝。その青をどんなに美しく感じたか。時間によって湖や、港の水面、街を彩る光の青が、濃い青、薄い青、透き通るような青、エメラルドのような青、いろんな青を見せてくれるのだ!

フィンランドならではのこの青を感じたのは私だけではなかった。ムーミン作者のトーベ氏も青をメモに残していた。「ナポリブルー、セラミックブルー、コバルトブルー、ウルトラマリン、マースバイオレット、こういう色を使おう!無味乾燥とはほど遠い色を!」

しかし、これほど鮮烈に青を書き残し、豊かな色彩を好んだトーベ氏だったのに、私が目にした原画のムーミンは黒一色だった。

初期のムーミンの絵本やテレビアニメを見ていた人は「鬱々するくらい怖かった」、「トラウマになりそうだった」と私に語る。私が知っているムーミンはあんなに明るいのに・・・。

トーベ・ヤンソン氏がムーミンを書き始めたのは1939年。トーベ氏は、冬の森で木の切り株が真っ白な雪に覆われている姿からムーミンの着想を得たともいう。闇と寂しさに覆われる冬はあまり好きではなかったようだが、切り株で膨らんでいる雪が「丸くて大きな白い鼻」に見えたのだとか。

第二次世界大戦中、ソ連の侵攻による冬戦争(‘39~’40年)、継続戦争(’41~’44)、ドイツとラップランド戦争(’44)・・・ムーミンを描いているさなか、何度も戦禍に見舞われている。

ムーミンを発表したのは終戦直後の1945年。戦争が、彼女から色を奪っていき、ムーミンの表情も怒らせてしまったのだ。確かに、黒い夜のムーミン谷の絵は、森の奥に吸い込まれそうなほど不気味で怖い。私には、ムーミン谷の仲間たちが皆、地球に降り立った宇宙人のようにも感じられる。

「ムーミン谷の彗星」では、この世の滅亡や世界の危機が描かれ、ムーミンにはトーベ氏の反戦の心が投影されている。それでも物語にひきこまれてしまうのは、ムーミン一家の冒険を私たちが一緒に味わい、トロールの誰かに自分自身を重ね、ムーミン一家が明るく、いつもなにか一つポッと生きていくヒントをや希望を与えてくれるからだ。

「色がある」ということは「平和」であるということなのかもしれないなあ、と、私は今感じている。

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~ムーミンの登場キャラクターから~

(おしゃま)
「雪って、つめたいと思うでしょ。だけど、雪小屋をこしらえて住むと、ずいぶんあったかいのよ。雪って、白いと思うでしょ。ところが、ときにはピンク色に見えるし、また青い色になるときもあるわ。どんなものよりやわらかいかと思うと、石よりもかたくなるしさ。なにもかも、たしかじゃないのね。」

私たちが知っている丸みを帯びた、明るい可愛らしいムーミンに、時と共に徐々に生まれ変わっていったのだと、ここに来て初めて知った。

ムーミンだけではなく、北欧の雑貨や家具が実用的なだけでなく、デザインも独特で明るく華やかなのは、「せめて、室内だけでも明るくしましょう!」という気持ちから生まれたデザインなのかもしれない。また、フィンランドの国旗の青は湖、白は雪の色を表している。やはり、私がフィンランドで感じたあの青は、この国の象徴的な色なのだ。

フィンランド訪問前に、情熱的な南米を訪問していたからだろうか・・・フィンランド人の印象は、南米とは真逆で… 私から「なにか話さなきゃ」と声をかけていた。控えめで恥ずかしがり屋で‥・隣に座っても良いですか??と遠慮がちに腰掛け、とても無口。つかず離れず、踏み込みすぎず、フィンランド人はどことなく日本人の気質と似ているような……と、私が出逢った一部の人を見て、しかもその人が私に見せている一部分だけを見て「フィンランド人はこう!」と一括りに印象を述べてしまうのも躊躇われるが、ムーミン谷のトロールたちのような絶妙な距離感に心地よさを感じたのかもしれない。

穏やかなフィンランド人には読書家が多く、実は、フィンランドは読書量世界一とも言われている。それは子どもの頃から培われているものなのだと、ある図書館を訪ねて分った。ムーミンママのようなおおらかな女性が、子どもたちにムーミンの物語を読みきかせていた。(実際、その女性はムーミンママのエプロンを身につけ、ムーミンママに扮していたのだけれど!笑)まるで、自宅のリビングルームで読書会をしているような、やわらかな雰囲気に包まれ、子どもたちはすっかり絵本の世界に入り込んでいる。そんな子どもたちの姿には、胸の奥にあたたかいものがこみ上げた。

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フィンランドの図書館ではこうした読書会や読み聞かせなど、イベントが頻繁に行われているようだ。わたしが思わず笑ってしまったのは、「どの登場人物が一番好き?」と聞かれた幼い男の子が「スニフ!」と答えたこと。その理由が「お金の大切さをおしえてくれるから!」。将来がちょっとこわいような、ムーミンは経済観念までしっかり教えているのかもしれない。

(ムーミン)
チューリップは あたたかいほうがすきなのに
どうして わざわざ これから さむくなるときに うえるの?
(ムーミンママ)
チューリップに ちゃんとふゆを おしえてあげなくちゃ
はるがきたって わからないかも しれないでしょ

ムーミンのお話は、大人になってからのほうが、私の心にしみ込んでいく言葉が多い。これは、本当に児童文学なのだろうか。感心してしまう台詞をトロールたちは発している。とりわけ、今の私を魅了してやまないのは、ちびのミイのきつい言葉。「最初はいろいろ失敗するわよ。あなたバカなんだから」。・・・チクッとするものの、前に進もうと思えるし、

(ミイ)「自分と向き合うには一人になるんじゃないわ、色んな人と関わり合うのよ」。「ほかの人の秘密をいいふらすことなんかに興味はないわ。だいたい、秘密というものはおそかれはやかれ、自分でじゃべっちゃうものよ」。「たたかうってことをおぼえないうちは、あんたには自分の顔はもてません」「・・・わたしたち、天国へいかなきゃならないの? どうやったら、そこからでてこられる?」

ムーミンの影響力はビートルズの人気に匹敵すると誰かが言ったが、ほんとうに、その通りだと思う。

ムーミンは、いつもひとりでムーミン谷で仲間を待っている。仲間が去るときも、ひきとめたりしない。「きみがここを出て行くのはとうぜんですよ。きみがときどき、ただひとりになりたいという気持ちは、ぼく、よくわかるんだ」。

そうは言っても、ムーミンはきっとさびしい。そしてムーミンは仲間が旅に出たところではなく、帰ってくるところを思い出してみる。そうしたらどんどん楽しくなっていくことに気付く。

「絆」っていうのは、そんな寂しさを埋めるためのものじゃないんだよ。と伝えられているような気もする。絆っていうのは、誰かのいいことも悪いことも一緒に背負えるかどうか。離れていても実はみーんな繋がっているんだって。

(スナフキン)
ぼくのともだち すてきなともだち いつもいっしょじゃないけれど あわないときが あるけれど そんなとき いつも おもいだす とおいときこそ ちかくなる ひとりでいるから わかるんだ♪

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トーベ氏は、ヘルシンキの市庁舎のフレスコ画や、子ども病院の壁画、ポリ市の保育園の壁画や、テウヴァ教会の聖壇画も手がけている。私はアウロラ小児科病院で、トーベ氏直筆の壁画を目にする機会に恵まれた。階段の壁には、なんとも愉快なムーミン谷の仲間たちが、バスケットに入った盛りだくさんのフルーツや、小包、花束を抱えて、青空を背景に子ども病院にお見舞いに行く様子が描かれている。

ところが、肝心なムーミンが絵の中にいない!あれ?どこだろう・・・?私は更に上階へ駆けて行き、踊り場の壁もくまなく探してみたけれど見つからない。まさか、ムーミンだけ描き忘れちゃったのかな??再び絵の場所に戻ってようやく気付いた。そうか!ムーミンはこの病院にいるんだ。ムーミン谷の仲間たちは、こどもたちと、そしてムーミンに会いにきているんだ・・・。あたたかな壁画に、ムーミンの世界に、私はまた心がふるえた。そして、もう少し大人になったら、また必ずムーミンに会いに来ようと思った。

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