2015.02.10

パタゴニア

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「パ・タ・ゴ・ニ・ア」という響きに以前から馴染みがあった。それは発音しやすいからなのか、しかし、パタゴニアが一体どこにあるのか、そういう名前の国が存在するのかと思っていたほど、私にとってそれは縁遠い未知の場所だった。

そんな私に2014年10月、アルゼンチン初訪問のご縁が舞い込んだ。

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成田国際空港からダラス・フォートワース国際空港まで飛行時間約12時間。ダラスから南米までそんなにかからないだろうとたかをくくっていた私は、ダラスからの飛行時間を知った時、思わず二度聞き返した。 さらに11時間ほど飛ぶという。

日本の裏側に行くのだ。やはりそういう距離なのだと覚悟を決め、再び搭乗。ダラスまで読書にふけり、殆ど眠っていなかったが、第2ラウンドの機内ではいつ飛んだのか覚えていないほどしっかり眠ってしまった。

首都ブエノスアイレスの空港に到着し一度外に出ると、暑くもなく寒くもなく、雨で湿った空気が肌に纏わり付く。10月のアルゼンチンは春真っ盛り。東京のお彼岸の時期のような気候だ。ブエノスアイレスは南米というよりもどこかヨーロッパを思わせる雰囲気で想像以上の大都会だった。

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ブエノスアイレスからさらに移動を続け、パタゴニア地方のトレレウに到着すると、同じ国なのかと思うほど気候も景色も変わる。高層ビルの無い広い荒野が広がる。

トレレウで滞在する宿は、作家のサン・テグジュペリがあの名作「星の王子様」の構想を練っていた宿とか。当時から大きな変化をせず、ゆっくり時が流れている様な宿、見た目の派手さはないが、居心地のいい場所だった。

宿の食堂は、町の大衆酒場のような雰囲気で、カウンターの奥の壁には酒瓶がずらっと並んだ渋さも気に入った。他所者の私をもずっと以前からこの町に住んでいたような気分にさせてくれる。

翌朝、この食堂でメディアルナ(クロワッサンのようなパン)を頬張り、「行ってきます!」と、日の出前に宿の食堂を出てパタゴニアの沿岸部を目指す。

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トレレウの街を出発した後は広い広い荒涼とした大地に投げ出され、目の前にはすーっと伸びた一本道が、ひたすら、ただひたすらに続く。
この道はどこまで続いているのか、このまま走り続けていたら地球の果てまで車ごと投げ出されてしまうのではないかと思うほど延々と一本に伸びている。

四駆の後ろには巻き上げられた砂埃がもくもくと舞っているだけ。広い荒野で迷える子羊のようなちょっぴり不安な気持ちに襲われる。

バルデス半島一帯はアンデス山脈に遮られているため雨が少なく乾燥していて風が冷たい。沿岸部はミナミセミクジラやゾウアザラシの繁殖地になっており、その地形や海岸の動物たちの重要性や豊かさから自然遺産として登録されている。

「オゾンホールに近い場所だからサングラスをしたほうが良いよ」と地元の人からアドバイスを受けた。確かに、サングラスをかけなかった翌日の私の目は少し充血していた。ものすごく陽射しが強い。ジリジリと刺す様な陽射し。強烈な偏西風に体温も奪われていく。

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どれほど走り抜けただろう。遠方に灯台が見えてきた。灯台のそばの崖に近づくと大西洋が目前に広がっている。浅葱色の空と紺碧の海に見惚れていると、下方から猛々しい鳴き声が聞こえてきた。聞きしにたがわず眼下の浜辺には驚くほど多くのミナミゾウアザラシが群れを成し、ハレムを形成しているではないか。

体重2tの1頭のオスが従えているのは20頭近いメス。ゾウアザラシは一夫多妻性。グループ数も10組どころでは納まらない。その数と体の大きさ、そして鳴き声に私は圧倒された。

メスが嫌がっていても猛突進で追いかけガッチリと捕まえるオス。執拗さ、旺盛さ、押しの強さに目眩がしてこちらが少々引いてしまう。バルデス半島は、春になると南極の動物たちが集まって子づくりに励む場所なのだ。オスは子孫を残す為に必死、メスはオスを受け入れ、命懸けで赤ちゃんを産むのだ。みんな生きるのに必死。子孫を残すのも大切な営みなのだ。

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この時期この海域にやってくるシャチの行動も世界中ここでしか目撃できない珍しい驚くべきものだった。砂浜に乗り上げてゾウアザラシにアタックするのだという。信じられない。もし浜に座礁したままで海に戻ることが出来なければシャチ自身も死んでしまうのに。

命を狙われるゾウアザラシがかわいそうなのか、それともエサを与えられない空腹なシャチの赤ちゃんがかわいそうなのか、野生の世界でどちらがかわいそうなどと語っていられないのだが、水面でシャチの背ビレがゾウアザラシに近づく度に、映画「ジョーズ」のBGMが頭の中で鳴り響く。欠伸をして余裕のゾウアザラシ。私は「逃げてー!」と祈る様な思いで見守る。

その時、思いがけない展開が。メスを追いかけ回していたあのオスが、たった一頭でシャチに立ち向かっていくではないか。口を大きく開け、地響きがするような声で威嚇している。

シャチとミナミゾウアザラシの一騎討ちに目が釘付けになった。

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威嚇されたシャチは攻撃を諦め大海原へ戻っていく。ミナミゾウアザラシのボスよ。アッパレ!さすがは一家の大黒柱。妻と子供たちを守った!やるときはやる男らしい姿に「男は見かけで判断しちゃいけないよね」とゾウアザラシを見る目が変わってしまった。

遠くではクジラが潮を噴き、また別の沿岸にはオタリアやシーライオンが平和に日向ぼっこをしていた。弱肉強食の生存競争が繰り広げられる一方でバルデス半島の海岸線は動物たちの楽園だ。

沿岸部を離れると、再び四駆で長い一本道を走り街へ戻る。眠気防止にガムを噛んだり飴をなめたり、お喋りしながら、私は車中からパタゴニアの空から目が離せなくなっていた。

低く広い薄い水色に必ず淡いピンク色が混ざっている。偏西風に吹かれた雲は水色とピンクを混ぜ合わせる絵筆のように流れる。広すぎる空に包まれていると自分が宇宙に飛んできてしまったようなふしぎな感覚に襲われた。

一つに留まること無く表情を変えていくパタゴニアの雲と青空を夢中になってカメラに収めたが、写真の仕上がりは肉眼にはるかに及ばず残念。夜になると地平線まで星空が広がっていたけれど、これも写真に収めることが適わなかった。

青空から視線をふと近くに戻すと目に飛び込んだのは、大地を駆け抜けるダーウィンレアやパタゴニアうさぎ、グアナコや羊、それにアルマジロ!

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おもいがけずキツネと目があった。赤ギツネか銀ギツネか判別はできなかったが、パタゴニアきつね。きりりと澄んだ目に見つめられた。
やがてキツネはプイッと方向転換し、銀色の毛をふさふさ揺らして地平線に消えてしまった。星の王子様の世界に迷い込んだ様な気分になる。キツネと目が合っただけで、遠路はるばるこの地に来させてもらってよかったと妙な嬉しさに包まれた。

ここにはパタゴニア地方特有のユニークな動物たちがたくさん生きていた。彼らはいったいどこから来て、どこへ旅をし、どこで生きているのだろう。

閑話

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可愛らしいペンギンたちにも会いました。
ペンギンは9月中旬から10月に産卵のためパタゴニアの沿岸にやってきて卵をあたため雛を育て、4月初旬にはまたアルゼンチンの海へ帰っていきます。人間はペンギンの生活を邪魔しないよう配慮さています。
南極で離ればなれに過ごすペンギン夫婦が一年に一回プンタトンボで再会し共に過ごし、またアルゼンチンの海に帰っていきます。 パタゴニアはペンギンたちの楽園でもあるのですね。

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