2014.08.12

共に生きること

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「武田信玄」「風林火山」「東京ラブストーリー」等のドラマや舞台の様々な役柄でわたしたちを魅了してやまない俳優の西岡徳馬氏。現在、人懐こい愛犬パックと、人見知りな愛猫マロと暮らす俳優の西岡徳馬氏に「人と動物の絆」について伺った。

―――もともと動物はお好きだったんですか?

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私の父親は猟りが好きで猟銃を持って丹沢へよく出かけていました。僕が小学生から高校生くらいまで家ではセッターやポインターなどの猟犬を何代も飼っていたので、子供の頃から犬は好きでした。最初の頃は僕か弟で散歩に連れて行くのが日課でした。


飼い始めはみんな溺愛するけれど、そのうち連れていかなくなるんですよね。そうなると「グングン引っ張られて倒れそうだ!」とおふくろが抗議しながらもでかい猟犬を散歩させ、「どうして毎日毎日こんなにしなければいけないの!」と、これまたぶーぶー言いながら大鍋にご飯てんこ盛りの食餌を作って世話してくれていました。

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でもいつも犬はある日突然死んでしまう。大概がフィラリアという病気でしたが、最後の猟犬は脳腫瘍でした。
真茶色なふさふさの毛がとても綺麗なアイリッシュ・セッターでしたが左側に腫瘍ができてしまったので右側にしか歩けなくなってしまったのが可哀想で仕方がなかった。犬だけでなく生き物は死んでしまうから厭ですね。やっぱりすごく可哀想。 「戌年の人が犬を飼うと犬が死んでしまうよ」と戌年の僕に迷信めいたことを言う人もいて、いつのまにか猟銃がゴルフのクラブに変わっていたんですよね(笑)

―――では、猫には親しみは?

次女は幼いときからとにかく猫好きで「お前また外で猫触ったな」と一目で分かるほど肌のあちこち赤くかぶれたように帰ってくるんです。
僕は猫が大嫌いだったものだから、猫を飼いたいと娘からねだられる度にダメだと断り続けていた。

すると今度は「ネズミでもいいから飼って!」と言う。ネズミなんて飼える訳ないじゃないかと冗談だと流していたのですが、ある日海外から帰国するとハムスターを2匹飼っていたんですよ。それが次第にどんどん増え、気づいたら家中ハムスターの籠だらけ(笑)おかげで僕は「ハムスター喘息」になってしまい、結局猫を飼うことに決めました。

―――ようやくお嬢さんの念願叶って。

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ところが、産まれたばかりの真っ白なチンチラシルバーのオスに「ロミオ」と命名してしまったからか、役柄通り若くして一年足らずで事故で死んでしまったのです。娘を不憫に思い再びチンチラシルバーのメスとオスを一匹ずつ飼い、モモと太郎と命名しました。両方いっぺんに呼ぶ時は「モモタロウ」で済みますから(笑)

そしてまた、太郎が一年生きられなかった。モモは腎臓が腫れお腹をポッコリ出して座り方がおかしくなっていましたね。猫は腎臓が弱いから絶対に塩っ気の強いものはあげたらダメなんだそうです。そうとは知らずチーズやバターをあげていた。あれが原因だったかのかと思うとまた哀しくなります。食べている傍に必ずニャーオと猫撫で声で来られると可愛いものだからついあげていたんですよね。それからというもの人間が食べるものは猫に一切あげていません。それに比べたら昔は味噌汁とごはん、そこに魚がちょっとついたくらいの猫飯でよく生きてましたよね。

もう懲り懲りだと思っていたら妻が藤原竜也そっくりの仔猫がいると携帯に写真を送ってきたんです。なるほど、ペットショップに見に行くと「竜也によく似ているな」と思った。まん丸の目をしたまあるい顔で耳が折れているのが特徴のグレーのスコティッシュフォールド。生後2ヶ月くらいの可愛い仔猫でした。じゃあまた飼ってしまおうかな・・・と、それが現在我が家に居るマロです。そのまん丸さから「こりゃマロだな」と命名しました。

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―――マロ君は人見知りだということで今日お会いできなくて残念です。愛犬も奥様が?

去年の9月、ゴルフ場の受付の籠にトイプードルとビーグルらしきぬいぐるみが賞品として用意されていました。2つとも手のひらにすっぽり納まってしまう程小さかった。女の子じゃあるまいしぬいぐるみが賞品なんて…と思っていたらそのぬいぐるみが動くものだから、本物だ!と分かった。
「西岡さん、犬欲しいですか?」と聞かれたけれど「うちは猫が居るから無理だと思う」とお断りしたつもりが、ゴルフを終えるとブリーダーが「どうですか、可愛いでしょ!」と、まるでドーナツを入れるような箱に小さなトイプードルを入れて「差上げます」と連れてきてしまった。
生後一ヶ月くらいで親から離してしまうのはよくないのではないかと聞くと、「大丈夫だと思いますけど」と言われ、僕は箱を抱えて小さな仔犬と共に帰路についていました。それが今ここで元気に走り回っているパックです。

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―――箱に入っていたからパック?

いや、シェイクスピアの「夏の夜の夢」という芝居にパックという妖精が出てくるんです。パックが幕を開けて始まりパックが「では皆さん今日よい夢をご覧ください」と言って幕を閉めるという芝居から「よい夢を」という意味でパックと命名。
パックは人が大好きで、誰にでも飛びついて行く。仕事から帰ってきて僕の胸に飛び込んできたりするとやはり癒されますね。

―――ロミオやパック。お芝居にちなんだ名前は役者である西岡さんらしい命名ですね。ところで、犬と猫は共に暮らしていく中で違いを感じますか?

犬は表現がオーバーで喜怒哀楽が激しい。クーンと哀し気な声で鳴けば誰か来てくれると目論んでいるのだろうけど「お前芝居してるな」と分かる(笑)犬を見ていると自分のことを見ているようです、いつまでも子供(ガキ)で。

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マロに対してもワンワン吠えて戯れようと向かっていましたが「オレの方が先に居るのに何だこいつ、来るなよ」という感じでマロは全く相手にしていない。

マロは今までどこか王様のようで、絨毯の上で狸みたいに腹出して寝ていたのにパックが来てからそういうことをしなくなってしまった。マロはマロなりにパックに気を使っているんだと思います。猫の方が表現が「大人」ですね。犬は猫より手がかかりますよ。健康面でも。安易にパックを連れてきてしまったことをマロに対して申し訳ないようにも思う。

僕がマロの傍を歩くとなぜかサッと逃げるので、そーっと歩いたりして僕は僕でマロにすごく気を使っている。「お前そんなに噛むことないだろう」という程、つい最近もマロに噛まれました(笑)が。

ところが、猫好きの次女にはデレデレです。娘の手から癒しのエネルギーが出ているのではないかと思うほど、娘が撫でるとマロはゴロンと仰向けになり気持ち良さそうにしている。娘は動物の癒しのクリニックを開設できますよ(笑)

ただし、パックにとって僕の優先順位は一番です。僕がゴルフ場からはるばる連れてきたのを覚えているからか分かりませんが、すぐにお腹を出して服従します。

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―――西岡さんが犬や猫たちと絆を感じる瞬間は?

家の中に一緒にいる限り共に育つ。

だいたい行動が見えてくるでしょう。我々が出かけようと支度をしていると、自分も一緒に行けるものだとワンワン鳴いて連れてけと言いますし、玄関開けたら猫が座っていた跡がまだあたたかくて「あ、待ってくれてたんだな」とも思う。

犬や猫といった名称は本当に単なる名前であって「飼っている」というのは人間的な感覚でしかないと思います。飼っているのではなく家族が増えたという感覚です。赤ん坊とか孫がいるようなもので、みんな人類と同類だと僕は思っています。

―――ありがとうございました。

おまけ

西岡徳馬氏が家族のように大切にしてらっしゃるペットが短命であるというお話を伺い、そのことに関して徳馬氏はご自分をお責めになっていたが、私は一概に人間の食事を与えてしまったことだけが原因とは考えられないなと思案し、あることに思い当った。

それは、ペット産業の実情。犬猫の繁殖状況の内幕。ペットショップで売られる仔犬や仔猫たちの親は、衛生状況の悪い檻の中で、ただ単に繁殖だけを目的に、体が休まること無く無理矢理交配を繰り替えされ、子供を作れなくなるまで何度も妊娠を続けさせられる。その後は捨てられるか殺されてしまい、産まれた仔犬はすぐに親から離されペットショップで売られていることもあるだろうと。

不衛生な環境では病気が蔓延し、散歩もしないケージの中で一生を過ごす犬猫たちの精神状態も狂わせてしまうだろう。産まれてきた犬猫には先天的疾患や行動問題も発生することもあるだろう。商品である犬猫が売れたら、お店は補充のために犬猫を注文してしまう。

良いブリーダーは、大切に育てた仔犬や仔猫を人間の利益優先でネット上やペットショップで販売することはありえないそうだ。

消費者である私たちが安易にペットショップで犬猫を買うということは、何十頭もの殺される不幸な犬猫を生み出し続けているということに思い至ってほしい。

どうしてもペットを飼いたい場合は避難所か収容所へ行く。どうしても仔犬から飼い始めたい場合は良いブリーダーを探す。そうすることでケージの中の悲劇も少しずつ止められるのではと思う。

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