2013.01.08

アフリカン・エレファント
-最も大きい草食動物

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ボツワナ北部、カラハリ砂漠の中にある日本の四国に匹敵する広大な面積を持つ、湿地帯オカバンゴデルタ。

その水はアンゴラ山中からナミビア北東部を縦断し、カラハリ砂漠へ吸い込まれて消えてしまう。そのため「出口のない川」とも呼ばれている。太古の昔は砂漠を通って海まで川が抜けていたそうだが、地殻変動で地盤が隆起し、出口のない大湿地帯になった。

乾燥したカラハリ砂漠の中で、ボツワナはオカバンゴデルタという広大なオアシスを擁しているので、さまざまな野生生物が生息し、野生動物の楽園となっている。

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バンコク経由で南アフリカのヨハネスブルグへ向かい、そこからジープで6~7時間かけて首都のハボローネに入り、さらにそこから道なき道をジープで6~7時間かけてオカバンゴデルタへと辿り着く。そこは、約10万頭以上のゾウが生息するゾウ密度世界一の場所。

私たちはゾウの移動を追跡するため前半一週間は湿原の小島にて、後半一週間はサバンナ地帯にテントを張ってキャンプ生活。真夜中にテントの外でハイエナに襲われ命をおとされた方もいるらしく、日が暮れてからの一人歩きは厳禁。野生動物と遭遇したら、背中を向けず、目を離さず、そーっと、そーっと後ずさりしてくださいとの指示を受けた。

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テントに人がいる限りゾウが襲ってくることはないとガイドさんは言っていたけれど、いつ、どこで、どんな動物に遭遇するかわからないので、夜中にお手洗いに行きたくなっても、テントの中でひとりじっと我慢して日が昇るのを待つことも何度かあった。

そしてデイタイム、30℃以上の熱風が吹き荒れ、夜になると冷え込むというサバンナ気候で、湿気はなく肌はカサカサ。ジープに窓はなくホロがあるだけ。まったくの無防備状態で動物を探す。ライオンが襲ってきたらどう逃げようなどとあれこれ考え、注意深く辺りを見まわしているうちに早くもゾウの群れに遭遇。

「あなたたちはラッキーだ!これだけのゾウの群れに遭遇するのはめずらしい。」とガイド兼運転手の方。

ゾウは女系社会。餌のありかを長年の経験と勘で熟知しているおばあさんゾウを先頭に、 真ん中に子ゾウを歩かせ、その周りを母親ゾウたちが子ゾウを守りながら10~15頭の群れで移動するのだけれど、オスはなぜか群れずに単独行動。

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野生のゾウを目の当たりにしてまず圧倒されるのがやはりからだの大きさ。けれどどのゾウもやせ細り背骨は浮き出て丸々と太ったゾウは見当たらない。野生動物は動物園にいるゾウと生きていくための危機感が違うのだろう目の鋭さにも違いを感じる。ゾウたちが水のある湿地帯を見つけるや否やものすごい勢いで走り出し、とっても嬉しそうな顔で水を飲んだり水浴びをする。エサと水を求めて東京から大阪ぐらいの距離を移動するゾウたち。彼らの長い旅は想像以上に過酷なものなのだ。

ゾウは音にとても敏感で、私たち撮影陣がカメラをセットするわずかな音にすら反応し移動してしまう。たとえそれが何十キロも離れていたとしても。

私たちが茂みから出てくるゾウを右側から待ち構えていると、茂みの向こうでぞろぞろ左側へ移動するゾウの群れ。それを追うように今度は左へジープを走らせると彼らは右へ移動してしまうの繰り返し。一向に茂みから姿を現さないゾウの群れ。それを追う私たち。まるで終わりなきカーチェース。

かなり離れた場所にいるのになぜ気づかれてしまうのだろう?おそらく人間の臭いが風に乗って彼らの元に届いてしまっているらしい。またゾウは足の裏で遠距離コミュニケーションをとっているというのだから驚く。足の裏で人間には聞こえない低周波の音を聞いているのだという。そういえば地震や津波の時に真っ先に逃げるのもゾウだと聞いたことがある。 地震や津波の時にはゾウが使っているのと同じくらいの低周波音が発生しているのだそうだ。

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オカバンゴデルタ滞在中のある日、サバンナの道に何かが引きずられた形跡がありそれを追跡しながら、ふと上を見上げると空を埋め尽くすような鳥の群れがあった。ゾウが倒れていた。おびただしい数の鳥がゾウの死骸に群がり、、周囲の木にも虎視眈々と獲物を狙っている違う種類の鳥がいた。他の動物に横取りされないようゾウの死骸を見張っているライオン夫婦もいた。

移動中に病気や飢えで弱ってしまうゾウも多く、倒れたゾウは肉食動物や鳥たちに狙われてしまう。また、夜になるとハイエナが赤い目を光らせ、そのそばを通るゾウも身の危険を感じているのだろうかなり早足だった。

ある日寝ているゾウを撮影していたときのこと。親のゾウたちは目を覚まし移動を始めたのだけれど子ゾウは寝たまま。その子ゾウを撮影し続けていたところ、いつのまにか親のゾウたちが360度ぐるりと私たちのジープを取り囲んでいた。今まで経験したことのない怖しさを感じた。逃げ道を失った私たちはどうすることも出来ない。しばらく身動き一つせず、騒がず、音を立てずじっと待った。どうかゾウがこれ以上興奮しませんように。幸い、子ゾウが目を覚まし鳴いてくれたおかげでゾウの群れはそちらへ移動して助かったが、あのとき囲まれてしまった怖さに慄きながらも、母親が子どもを守ることがいかに命がけであかるかということを私は教えられたのだった。

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別の日、わたしはばったりゾウに遭遇した。 私がとった行動は大きな声を出し、しかもあろうことかゾウに背中を向けて走り去った。 その上、対面してしまったゾウをちゃっかりと写真に納めていた。 そのゾウはオスだったが、もしも子連れのメスだったら、、、
間違いなく長い鼻で一振りされ、私の体長ほどもあろうゾウの足に踏みつぶされ、殺されていたにちがいない。

ケイタイもない、固定電話も無い、メールもできない、、電波通じない、知らせる手段がなかったからなどと、その時の私の行動の理由付けはいくらでもできるが、一番欠けていたのは危機感。
そして一番驚いたのはきっとゾウだったに違いない。
指示通りに行動しなかったこと深く反省した。

過酷なサバンナ、弱肉強食の世界、あらゆる厳しさを乗り越え生きていく動物たち。 どの瞬間も忘れがたいけれど、オカバンゴデルタの美しさも忘れられない。

パピルスや睡蓮が繁る湿原の中に迷路のようにつながる水路。その水面を静かに進む丸木舟。水路をしばらく進むと突然視界が広がり、辺り一面に咲き誇る睡蓮の花々は天国とはこういう場所かと見紛う美しさ。

夜になると空を埋め尽くす満天の星空が湿原に反射し足元から天まですっぽり星に囲まれる神秘的な世界。星の中を進むボートはまるで宇宙船にのっているようだった。 朝日が昇り真っ赤に染まった水面を泳ぐゾウの姿はおもわず手を合わせ拝みたくなるほど美しく心が震えるほど感動した。

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人間以外の生き物はみな生きることを自ら止めてしまうことはなく必死で命を引き継いでいる。この世の中はおそろしいほど完璧なバランスで循環しているのだろう。

飛び立つ飛行機の中、別世界のように遠くなっていくオカバンゴデルタに思いを馳せ、この星はわたしたち人間だけのものではないのだなと気づかされ、眼下に広がる宝石のように煌びやかな街の灯りを目にしながら、必ずしも物の豊かさが人間に幸せをもたらしてくれるわけではないことを実感する。

アフリカから日本に戻ったばかりの私は、四六時中眩しすぎる都会の灯りに戸惑った。その戸惑いの中、壮大なサバンナの中で遭遇したゾウと、あの恐怖を思い出し、反省を繰り返すのであった。

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