2012.12.11

海の妖精

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そんなカリブ海に面する国、ベリーズにはマヤ文明の遺跡も数多く残り、大自然が素晴らしい。世界第二の大きさを誇る広大な珊瑚礁や巨大なブルーホールが存在する海をボートで駆け抜ける。ここに500種以上の魚たちが生息し、マンタ、ウミガメ、アメリカマナティーにも出会えるダイバーの穴場だ。

ベリーズの小島キー・カッカーにはマナティがおよそ900頭生息している。900頭と聞くと一見その数は多いように感じるが他の動物と比べると危機的で"わずか"900頭となる。

このカリブ海で私は"海の妖精"に出会った。時折降り注ぐスコールの海中は、けっしておだやかではなかったが、海の妖精こと"マナティ"と対面したその時間は夢見心地なおだやかさ。

その昔、マナティの緩いおっとりとした動きが人魚を思い起こさせ、船乗りたちに「海の妖精」と呼ばれていたのだそうだ。その妖精の想像以上の存在感に私は圧倒された。
人間と同じくらいの、いやそれ以上の大きなふくよかなカラダ、独特な〝へら″のような尻尾。触れることができるだろうかと手を差し伸べてみたが、マナティキックに見舞われてしまいそうで触れられそうで触れられない絶妙な距離感。

マナティは岩にカラダをゆっくりと行ったり来たりこすりつけ、気持ち良さそうな顔をしていた。これはカラダに付着した寄生虫をとる「こすりつけ運動」なのだそうだ。 つかの間のあいだ、マナティを目の前にわたしもちゃっかり人魚になった気分でカリブの海に身を委ねた。

その後「マナティーと泳いだんですよ!私。」と会う人ごとに自慢すると意外にもあっけなく「マナティには会えるでしょ」との反応に拍子抜けしてしまった。
「なかなか会えないのはジュゴンだな。幻のような存在なんだよ。」と。

ジュゴンとマナティ、なにが違うの?

ジュゴンもマナティーも海牛類。他の海生ほ乳類との相違点は草食であるということ。そうか、考えてみたら海中も弱肉強食の世界。そんな中でベジタリアンな海の生き物は意外と特異な摂食生体なんだな。これが種の少ない理由のひとつでもあるのだ。地下深くに根を張っている海草の根っこを食べていて、その地下貯蔵根なるものを掘り起こす様子がブタにも似ていることから海牛類という種に属すのか多少疑問もありうるが、ひとまず納得。

アマゾンマナティーは海水では暮らせずアマゾン河とその支流でしか生息していない。アフリカマナティーとアメリカマナティーは海水、淡水の両方で生息できる。

それに比べジュゴンは一生を海で過ごす唯一の草食ほ乳類で淡水では生きられない。
何百秒かに一回海面に浮上して呼吸するのだそうだけれど、ほとんどを海底で生活していて高い水温を求めて長距離移動もしている。遭遇率の異なる海底に暮らすジュゴンに出会えたならそれこそ奇跡というわけだ。

マナティは船との衝突事故が多くモーターに巻き込まれてしまう事故が多いことから海に暮らすほ乳類の中でもあまり賢くないと言われがち。あたたかい場所を求めるマナティだから、舟のエンジンのあたたかさについつい寄ってくるのかと思ったが、 どうやら低周波の音が聞こえないことと、何事も触って確認する生態だということが事故に巻き込まれる原因でもあるようだ。

目は水の環境にあまり適していないらしく、嗅覚は一日中水中で鼻の穴を閉じているので使っていない。耳の穴は小さいが、高周波の音に敏感で、触覚感知能力が優れているという。筋肉質の唇と、発達した鼻口部を使ってなにかに触れることで周囲を探っているのだ。

マナティの生息数の減少は特に捕獲や船との衝突が多い他、もう一つの重要な要因が有毒な藻類の蔓延がある。それは公害が影響している。死因のほとんどに人間が関与しているということだ。

親から離れていない子どもの場合は自然の原因で死んでしまうこともあるという。
生まれてから数週間で水草は食べられるようになるが、赤ちゃんマナティは離乳までに12~18ヶ月かかると言う。その長い哺乳期の間に食物、移動ルートや適切なエサを探すのに適切な場所などを母親から学ぶそうだ。広範囲にわたる海草を食べられるのも鼻口周辺に生えた剛毛の感覚毛のおかげなのだそうだ。

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マナティは自分の死ぬ場所を決めていて、その姿を人にみせない。
古代マヤの人々は、マナティの生息していた海底洞窟を黄泉の国(よみがえりの場所)と信じていたらしい。マヤ先住民は貴重なタンパク源としてマナティを食用にしたり、マナティの骨は儀式にも用いていた。

マナティと遭遇したあの瞬間を思い起こすと、よみがえりの場所や妖精と呼ばれることに妙に納得してしまう。時間の流れる早さが全く違っていたし、別世界で遭遇したような時空を超えた神聖な瞬間だったからだ。妖精マジックにかかっていたのかもしれないが、私にとってはジュゴンに匹敵するほど奇跡的な出会い。別れを惜しみながら宝石箱のようなカリブ海に水泡を残した。

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