2012.07.10

ハーメルンのネズミ駆除

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料理の支度に取りかかろうと流し台の扉を開くと、目に飛び込んできたのは見慣れぬ茶色い雑巾? はて、こんなところに、こんな雑巾を置いていたかな、と思いながら薄暗いシンク下に手を伸ばそうとして目をこらすと、その毛羽立ったゴワゴワの雑巾に、ついているのは“細長〜い尻尾!?”
もしや・・・ 
雑巾の正体が判るや否や「ウギャーーーー」っと誰にも届かぬ悲鳴をあげ、慌てて扉を閉めて、あらゆる知人にネズミ駆除の救援を依頼。けれど手当たり次第に電話を掛けてみたところで、誰が何をしてくれるわけでもなく、後日、勇気ある人が扉をそ〜っと開けてくれたのだが、暗い密室はガランと静まり返っているだけ。
誰も信じてくれないけど、あれは決して幻なんかではない。その巨大さたるや、いつだったか東京の地下鉄で目にした巨大ネズミと変わらぬ大きさで、度肝を抜かれたことを思い出した。

パプアニューギニアでも、便器の前にネズミが横たわっていたことがあり、密室の浴室にどのようにしてネズミが現れ、死んでしまったのか謎が残るばかりだった。
よほどネズミ好きな人は別にして、こういうご対面は正直気持ちの良いものではない。

彼らネズミは、人間に追いやられながら、どのように生きているのだろうか、そして何故こんなにも疎まれる存在なのか。

理由の一つは、ネズミは病原菌を運ぶということが挙げられるのではないだろうか。
かつて中世ヨーロッパ大陸で大流行したペストも、ネズミと大いに関係している。ペスト菌は、私たち人間より先にネズミなど「齧歯類」の間に流行するらしい。
寒さや飢えでネズミが死んでしまうと、病原体を運ぶノミにとって吸うべき血がなくなり、人間の血を狙うことになる。ネズミの血を吸ったノミが次に人間の血を吸うと、その傷口から菌が侵入する。ペスト菌は寒さに強く、暑さに弱いので、ペストは冬に流行し始めるという経緯のようだ。

私が雑巾と勘違いしたネズミの細長い尻尾も、伊達についているわけではなく、どうやらネズミはその尻尾を巧みに役立てているらしい。

例えば、卵を尾にクルクルっと巻いて背中に乗せて運んだり、また神棚の鏡餅なども、一匹が仰向けになってお腹の上にお餅を抱え、もう一匹がそのネズミの尾をくわえながら引っ張って、そ〜っと盗み出すなんてこともあるそうだから、まったくお見事なものである。
あんな小さな体に知恵が回るなんて、なんとも抜け目がないというか、小才が利くものだと感心する。

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さて先日、テレビ番組の取材で訪れたドイツ北部の町“ハーメルン”。そう、あの有名なグリム童話「ハーメルンの笛吹き男」の町。
ハーメルンでも、今ではとんと見かけなくなったネズミだが、ユニークなネズミだけは姿を変えて町中に存在していた。
薬局の前で、カプセルのお薬を持った看板ネズミ、パン屋のショーウインドウや、店内の壁を埋め尽くすネズミの乾パン、石畳にもネズミの彫刻、橋の上の巨大な黄金ネズミ。なんともまあ可愛らしいネズミたち。

この童話は中世ハーメルンの町に大発生したネズミを、鼠捕り男が笛の音で連れ去って見事に退治。しかし、ハーメルンの市民は、約束を破り報酬を払わなかったため、男は再び笛を吹き鳴らし、今度は町の子供たちを連れ去ってしまったという、ちょっと恐ろしいお話。

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ここで疑問に思うのは、ネズミは一体どんな音色に反応して、男について行ったのだろう。そもそもネズミは、音を解するのだろうか。
そこで色々調べてみると、どうやらネズミは人間には聞こえない特殊な音波をキャッチする聴覚を持ち合わせているらしい。また、ある種のサイクル音を極端に嫌って逃げ出す習性もあるという。
だからネズミの駆除には、天井裏にそのような音波を出すものを仕掛けておく方法もあるそうだ。

おもしろい話を聞いた。一人の男が竹笛を作って部屋で一人吹き鳴らしていたところ、壁の隙間から聞き惚れるように、覗き見していたネズミを度々目撃したという。いったいそれはどんな音色だったのか、そして、その音色にうっとりするネズミは、何とロマンチックな動物なのだろう。私もぜひネズミと一緒に聞いてみたいと思った。

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町を追いやられたり、医学など様々な実験台に使われているネズミたち。人間の都合の良いように扱われている気もするが、病原菌を運ぶのはやはり困ってしまう。それでも何とか共存関係にあるのは不思議な現象だ。

ハーメルンから、はるばる我が家にやってきた一匹の乾パンネズミは、湿度の高い日本の気候風土に合わないのか、カビが生えて毛深いネズミへと変身してしまいそうな気配。そのうち、この乾パンを狙う本物のネズミが現れる前に処分しなくてはと、捨て時に困っている次第。甘いお菓子になっても、私たちを困らせていることに変わりのないネズミたち。

閑話

くしゃみをすると、すかさず「Bless you!」と言う英語圏の人たちですが、これは中世ヨーロッパでペストが流行した時代、くしゃみは腺ペストの初期症状だと思われていたため、くしゃみをした人に「God Bless You!(神のご加護を)!」と願ったそうです。また、くしゃみで魂が抜け、その隙間に悪魔が入り込むから取憑かれないように、この言葉を発したという説もあるようです。
イギリスの航空便に乗ったとき、機内で「クシュン」と私がくしゃみをした瞬間、「Bless you」「Bless you」「Bless you」と、空の上で、四方八方から”神のご加護“コールが飛んできたときには、ありがたさと恥ずかしさが入交じり、少しはにかみながら「Thank you」と言った私は、やはり日本人。悪魔が入り込む隙よりも、誰かがどこかで私の噂をしているのではと、そんな隙の怖さをついつい考えてしまった。

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